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大学院工学系研究科 システム量子工学専攻 兼担 新領域創成科学研究科 人間環境学専攻 教授 吉村忍 ●原子炉から携帯電話、交通網など多岐にわたる対象が研究テーマに 変形や流体、熱、電磁場といった物理現象を扱う計算力学と知的情報処理、高速計算機を組み合わせた、知的シミュレーションと仮想実証試験・仮想社会実験を研究テーマとしています。 対象は、実験での検証が不可能な巨大な、あるいは複雑な人工物と、人間の行動や感性が関係する現象です。これまで、ローマのパンテオンのような歴史的な構造物や原子炉の巨大地震による被害の解析、天然ガスのパイプラインの損傷によるき裂のでき方や環境汚染のモデル化といったテーマでシミュレーションを行ってきました。携帯電話の衝撃落下現象について企業と共同研究した成果は、高速計算性能の世界一に与えられる世界的な賞であるゴードン・ベル賞のファイナリストにまで進みました。 現在、岡山市に路面電車を延伸した場合の交通シミュレーションも行っています。市民団体、市役所、警察などのステイクホルダーが一堂に会するプロジェクトで、社会的合意形成のためのこのような交通の大規模なシミュレーションは世界にも例がありません。うまくいけば、路面電車の導入を検討しているほかの自治体のシミュレーションにも応用できると予想しています。 計算力学の本質は“近似”で、値や数式を工夫してパラメータを合わせ、真実に近づけます。しかし、私はできるだけ“近似”を行わず、多くの要素の組み合わせによる徹底した計算からシミュレーションをしたいと考えています。そのために、例えば、有限要素法で用いるメッシュは通常の数万自由度から数十万自由度程度を大きく超え、最大約2億自由度と細かくしています。そうなると、解析に地球シミュレータのような高速計算機が必要になることもあるのです。 日本学術振興会未来開拓推進事業の「設計用大規模計算力学システム開発プロジェクト」で研究室が中心になって開発した計算ソフト「ADVENTUREシステム」は無料で公開しており、商用版もできています。多くの人に使ってもらい、よりよいものにしていきたいと考えています。 |
●いつも"実問題の解決"に立ちもどる 大学で原子力の安全を専攻したのは、子どものころにオイルショックを経験してエネルギー問題に関心があり、また、社会に役立つ研究をしたかったからです。当初は計算と実験の両方を研究していて、なかなか結果が一致せず、また実際の事故では人間の行動がからむことから、次第にさまざまな要素を組み合わせたシミュレーションを設計の段階で行う必要があると考えるようになりました。これが知的シミュレーションの概念が生まれたきっかけです。 留学先のドイツでは、1994年当時人工物の設計にリサイクルなど環境への配慮がなされていることにショックを受けました。また、環境問題と人工物との関係を考える中で、人間と人工物と自然が組み合わさって社会が構成されているのだから、その相互作用も含めてモデル化すれば、社会的な問題の解決に使えると確信しました。 共働きで家事を分担しているのですが、学生とのディスカッションの残像が残っているのか、家事を淡々とこなすなかでふと新しいアイデアが出てきます。子どもが成長していく過程でも知的情報処理との関連をよく考えました。生活はまさに実問題の宝庫です。 ふだんから物事を専門の視点から見るよりも感性や感覚で受け止めようと心がけています。すでにほかの人の研究やモデルがあったとしても、自分ならどうするかと考えるのです。研究の方法や成果に"絶対"はないし、いつも実問題を解決するというところに立ちもどります。 今は、昆虫の羽ばたき運動のシミュレーションにも注力しています。多くの要素をまとめて解く連成手法が必要で、シミュレーションのグランドチャレンジといわれる難問ですが、災害現場や環境モニタリングなどに活躍する小型人工飛翔体の試作にまで高めたいと願っています。 |
ローマのパンテオンの耐震解析 巨大地震がローマのパンテオンにどのように損傷を与えるか、 並列計算機を用いて計算した。このようなシミュレーションに よって、被害の程度や補強のポイントがわかる。 |
<略歴> 1983年東京大学大学院工学系研究科原子力工学修士課程修了(工学修士)、85年米国ジョージア工科大学計算力学センター客員研究員を経て、 87年に博士課程修了(工学博士)。東京大学講師、助教授を経て、92年から東京大学人工物工学研究センター助教授。94年にはドイツ・シュツットガルト大学材料試験研究所客員研究員として留学。95年同大学院工学系研究科助教授、99年から同新領域創成科学研究科(環境学専攻)と大学院工学系研究科(システム量子工学専攻)の教授を兼担。専門は計算力学、知的シミュレーション。 |
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